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  3. 高橋景子

高橋景子

経歴 

ふじねえとの関係性 

ふじねえとのエピソード 

ふじねえがお勧めする理由 

サービスへの想い

広島県福山市出身。幼少期は虚弱体質で病院と薬に頼る日々を過ごすが、のちに美容の道へ。
大阪で美容師として修行を重ね、32歳で独立。阿倍野区で開業した「ヘアーズケイティ」は、地域に寄り添い35年以上続くサロンへと成長する。

心身の不調や挫折を乗り越える中で「生命の作用」と出会い、体調が劇的に回復。
自分の在り方が人生をつくるという気づきから、より深くお客様に寄り添う美容を目指すようになる。

2025年1月には自然療法サロン「蒼のsalon昭和町」をオープン。
“病院や薬に頼らず、人生を楽しく生きる” をコンセプトに、食と手当て法、そして冨田先生考案の「エゴギョウ」を取り入れ、心と身体の自立をサポートする美容と自然療法の複合サロンを運営している。

経歴

■ 子ども時代

1958年7月、広島県福山市に2人姉妹の長女として生まれる。
未熟児で虚弱体質だったため、幼少期は医師の往診や通院が続き、学校も休みがち。
小学6年生のときには肝炎を患い、病院と薬に頼る日々を送る。

■ 中高生時代

少しずつ体が強くなり、クラブ活動を楽しめるようになる。
中学では軟式テニス部、高校では硬式テニス部へ入部するが、厳しい環境になじめず退部。
クラスメイトと共に長年休部していた文学部を再始動させ、自由で居心地の良い場所を作る。
夢や将来像はまだ描けず、家の中で過ごすのが好きだったことから「将来は専業主婦に…」と思うほど控えめな学生時代だった。

■ 美容師となるまで

手先を使うことは好きだったものの、美容師を目指すとは全く考えていなかった高校3年生の頃。
おとなしく育った反動からか突然“反抗期”が訪れ、家を飛び出したい思いで大阪の美容学校へ。
父や親戚、先生の反対を押し切り、まさに夜逃げのようにして美容の世界へ飛び込む。

個性的な人が多い美容業界で、心身ともに弱かった自分には修行の日々は過酷だったが、技術の面白さに魅了され、数々のコンクールに挑戦。
24歳で親の反対を再び押し切って同僚美容師と結婚するが、技術向上のために給料をほぼ使い切り、貯金もない状態での生活。
深夜まで続くレッスンに身体を酷使し、不妊治療も重なって心身は限界に。
その最中に突然離婚を告げられ、自分の存在価値を見失うほどの大きな挫折を経験する。

■ ヘアーズケイティ開業

多くの人に助けられながら、大阪市阿倍野区に小さな「ヘアーズケイティ」をオープン。
「あなたでなければ」と言ってくださるお客様に支えられ、美容の仕事が天職だと感じられるようになる。
一方で、スタッフとの関係や経営者としての悩みも抱える中、体調不良をきっかけに「生命の作用」に出会う。
体調は劇的に回復し、自分を客観的に見つめられるようになったことで人間関係も大きく変化。
「自分の在り方が周囲のすべてをつくる」という気づきを得る。

■ 蒼のsalonオープン(2025年1月)

美容室35周年を迎える2025年1月、自然療法サロン「蒼のsalon昭和町」をオープン。
幼少期の虚弱体質や薬づけの経験、美容師としての挫折と再生を通して辿り着いたのは、
“病院や薬に頼らず、人生を楽しく生きる” という生き方。

食と手当て法を中心に、お客様の心身に寄り添うために欠かせないのが、冨田先生考案の「エゴギョウ」。
心と身体の自立的な問題解決を支援する強力な思考ツールとして、仲間と共に学びながら日々のサロンワークに活かしている。
現在も、お客様一人ひとりに深く寄り添いながら、楽しく活動中

ふじねえとの関係性

出逢い:2024年6月
関係性:パソコン講座の生徒
呼名 : 景子さん

ふじねえとのエピソード

ふじねえがお勧めする理由

サービス詳細 

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